概要
【背景】近年、伝統的な学位、修了証明とは異なる非伝統的な学修履歴として、比較的短期かつ特定領域の学修成果を認証する「マイクロクレデンシャル」(以下MC)が、欧米やオセアニアを中心に、高等教育機関や企業・民間機関で急速に普及している。
【目的】本研究は、日本とアジア太平洋地域におけるMCの運用状況とニーズを把握し、質保証と国際通用性を伴うMCを運用するための要件定義を明らかにする。併せて日本におけるMC普及の条件とそれを阻む要因・課題を分析する。
【方法】この目的達成のため、①アジア太平洋諸国におけるMCの運用及びニーズに関する調査、②質保証と国際通用性を伴うMC運用ガイドラインの策定、③アジア太平洋地域の大学ネットワーク、UMAP(University Mobility in Asia and the Pacific)を基盤として、当該ガイドラインの有用性にかかわる実証実験を行う。【意義】本研究は、個人の学修歴を適正に認定する新たな選択肢としてMCを信頼に足りうるものとし、日本とアジア太平洋地域における人材育成・生涯学習・国際流動化の促進に資する。
Ⅰ-1.本研究の学術的背景
MCに関する定義・必要要件の共通認識とアジア太平洋地域での状況把握の欠如
ユネスコはMCを「比較的短期かつ特定領域の学修成果に着目したもので(中略)生涯を通じて能力開発を促す役割を担うもの」と定義し、以下の運用要件を提示している。
【MCが満たすべき要件】<ユネスコ定義レポート第三次ドラフト(2021年8月)より>
- 知識、理解度、「何ができるか」という視点から学習者の達成状況を記録したもの
- 適切な機関によって明確に定義された基準により評価されたもの
- 固有の価値を持つ一方、他のMCや資格と連携、相互補完する可能性を持つもの
MCの世界的な潮流、東京規約・日本におけるMC
世界的な第4次産業革命の進展によって職業に求められる能力が大きく変動し、従来型の伝統的なマクロ・クレデンシャル(学位、ディプロマなど)に加え、up-skilling, re-skillingと呼ばれる新たな能力の向上や再開発が求められている。MCは、専門能力・知識の引き上げ、幅広い層の生涯学習、能力開発に寄与する資格として期待される(Brownほか, 2021)。また、欧米では個人の学修歴証明であるMCを電子的に保管し、必要に応じて発信するツールとして、デジタル・バッジあるいはオープン・バッジなどが普及している(UNESCO, 2018)。
一方、国際的にMCを認知しようとする動きも加速しており、欧州の外国学修歴資格認証機関による欧州全域調査(2021)では、14か国でMCを正式資格として認める政策が決定され、さらに8か国で検討が進んでいる。また、ユネスコが主幹するリスボン協定や、そのアジア版である東京規約は、国を跨ぐ人材の流動化と教育の接続性を高めることを目指し、部分的な修学や非伝統的な学修形態の認証を提唱してきたが、MCはその目的に適合した資格制度として想定されている。東京規約(日本を含む12か国が加盟)の締約国会議でも、アジア太平洋地域でのMCの運用や相互認証の在り方について議論が進んでいる。
日本でも、教育再生実行会議(2021)、経団連(2020)を中心にMCの必要性が提唱され、人材需給ギャップの逓減、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行のために、MCは有効であると考えられている。2020年11月の中教審大学分科会質保証システム部会(第5回)で、本研究の分担者である米澤がMCの有効性にかかわる提言を行った。その後、文科省「大学リカレント教育推進事業」では、大学、企業、ハローワーク等が連携し、「2か月から6か月程度の短期間で就職・転職に繋がるプログラム」の開発が進んでおり、2021年9月時点で9分野、63プログラムが採択を受けている。これらは正式にMCとして呼称されていないが、実態としてはMCに極めて近い概念をもつ。また、2021年8月から始まった文科省新規事業「JV-Campusプラットフォーム事業」(図1)においても、日本から世界に発信する教育プログラムの一環としてMCを発行することが提案されている。このような状況下で、MCの制度設計、質保証を伴うガイドライン整備に寄与する研究が求められている。

図1. JV-Campus プラットフォーム(出典:文部科学省)
Ⅰ-2.本研究の「問い」
アジア太平洋地域の状況とニーズに即したMCは、どのような要件を満たすものか
欧米やオセアニアを中心に進展するMCやデジタル・バッジなどの電子的な認証システムは、アジア太平洋地域でも普及しつつあるが、既存の研究ではアジア太平洋地域におけるMCの運用実績やニーズ、質保証の課題、社会的インパクトの実情は十分には把握されていない。本研究は、「アジア太平洋地域の状況とニーズに適応したMCを普及させるためには、どのような基盤整備が必要なのか」を明らかにしようとするものである。MCは民間機関を含め多様な組織で発行・運用されているが、本研究は質保証の観点から、高等教育機関での提供に焦点を当て、具体的には以下の問いに答える。
- 日本を含めたアジア太平洋地域で、どのようにMCが運用されているか。そのなかで、高等教育機関や大学間ネットワークはいかなる役割を果たしているか。MCの効果的運用を妨げる要因はいかなるものか。さらに、電子認証はどう進展しているか(国際比較・分析)。
- アジア太平洋地域の実情やニーズに即したMCの定義や運用ガイドラインは、理論上、いかなる要件を備えたものか(定義とガイドラインの設定)。
- アジア太平洋地域の大学ネットワークを基盤とする国際協働教育において、共通の定義やガイドラインに則ってMCを運用することは有効か。また、運用上、いかなる課題あるいは解決策があるのか(学修成果の実証研究)
Ⅱ.本研究の目的および学術的独自性と創造性
【本研究の目的】本研究の究極的な目的は、日本を含むアジア太平洋地域における実情とニーズに即して、質保証と国際通用性を伴うMCの運用を実現する方策を明らかにすることである。
【本研究の学術的独自性】アジアにおけるMCの運用実績や課題が「十分に把握できていない」(ユネスコ定義レポート主幹のBeverly Oliver博士)との指摘を受け、アジア太平洋地域におけるMCの実態を把握し比較研究、実証研究を行うことは、この地域におけるMCの定義、運用ガイドラインを確立していくうえで不可欠である。
【本研究の創造性】本研究は、アジア太平洋地域の大学ネットワークを基盤とする協働教育プログラムにおいて、共通の定義やガイドラインに則ったMCを試験運用することにより、その有用性や課題を明らかにする。日本を含む当該地域において、学生や高度人材などが生涯学習を通じて多様な学びの成果を享受しつつ、国境を越えて活躍できるようにするためのインフラ整備に寄与する研究であり、高い創造性を有する。
Ⅲ-1.本研究の着想に至った経緯
研究代表者の芦沢は、ユネスコのMC定義プロジェクト(世界の専門家45名が参加)に、日本からただ一人招聘されたが、アジア太平洋地域でMCの共通認識を持つことの意義を認識し、本課題を着想した。また、国際協働研究の基盤となる国際組織としてアジア太平洋大学交流機構(UMAP)を選んだ経緯は、芦沢と分担者の関山が、2016年から5年間、それぞれUMAP事務次長、事務局長を担当したことが着想源となっている。UMAPは世界23か国に事務局をもち、200を超える大学に多様な留学交流事業を提供してきた。分担者である池田(関西大学)は、オンライン国際協働教育のモデルとして、COILプログラムを推奨し、UMAP関係大学の参加を得て2019年からUMAP-COILを実施してきた。また、タイの国立キングモンクット工科大学はUMAP加盟大学に呼びかけて、MCの試験的導入をおこない、その成果と進捗状況は2021年5月のUMAP国際理事会において報告された。このため、加盟大学間でMC導入にかかわる意見交換が進展した。こうした経緯により、UMAPの協力を得ながら、1か月程度の短期間かつ細分化されたモジュール(UMAP-COILなど)を主対象として、MCの実験的導入による国際共同研究の実施を計画するに至った。
Ⅲ-2.国内外の研究動向と本研究の位置づけ
近年、政府関係機関、国際機関においてMCにかかわる調査報告が盛んに行われ、欧州委員会のMC専門家会合報告(2020年12月)、OECDによる最新の調査結果であるEducation Policy Perspectives (以下、EPP)(2021年9月)などにより、欧州・北米・オセアニアを中心とするMCの運用実態が明らかになってきた。EPP第39号"Micro-credential innovations in higher education: Who, What and Why?"は、企業のニーズに応え雇用拡大につなげるようなMCが世界各国で発行されている実態、などを確認した。また、EPP第40号 "Quality and value of micro-credentials in higher education: Preparing for the future" においては、The European Consortium of Innovative Universities (ECIU)という大学コンソーシアムが90近いマイクロモジュールを提供するなど、複数の大学がMCを共同発行あるいは相互認証するケースなどが紹介されている。職業教育の観点からは、欧州のCEDEFOPによる"Micro-credentials for labour market education and training"、豪州のNational Centre for Vocational Education Research (NCVER) による"An analysis of micro-credentials in VET"などの分析がある。これら欧米中心の従来の研究とは異なり、本研究はMCの運用実態が明らかになっていないアジア太平洋地域を対象とし、実証実験を中核とする国際共同研究として位置付ける。
Ⅳ.研究方法(本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか)
本研究は、アジア太平洋7か国で専門家とともに国際比較調査と実証実験をおこない、質保証と国際通用性を伴うMC運用ガイドラインを策定し、今後の課題を明らかにする。
| 研究課題 | 手法・概要 |
|---|---|
| 1. 運用事例の国際比較分析(日本・カナダ・オーストラリア・タイ・マレーシア・フィリピン・インドネシア) | ユネスコ、OECD、UMAP関係者の協力を得て、7か国でMCの運用実績状況についてアンケート調査を行う。同時に、国際協働教育の担当者、参加学生を対象にインタビュー調査を実施する。この質的・量的調査を通じて、国や地域の特性に応じた質保証の課題を抽出する。また、今後のMC制度のニーズ把握、デジタル化技術を導入した配信形態などを総合的に比較検証する。このため現地調査 [(i)MCモジュールの設計とコンテンツ開発過程の調査、(ii)デジタル教育コンテンツの制作に必要なインフラ・環境の調査、(iii)MC活用を推進する専門職人材の育成過程等] は不可欠である 。 |
| 2. 定義とガイドライン | 上記1及びユネスコ定義レポートをもとに、アジア太平洋地域の高等教育機関のニーズと実情に即した(i)MCの定義、(ii)MCの質保証を担保するための運用ガイドラインを策定する。評価項目は、欧州のTuning Projectが推奨する5項目とする。①Level(資格レベル) ②Workload(学習量・修了要件) ③Quality (質保証) ④Profile(学習者要件) ⑤Outcome(学習成果) |
| 3. 国際協働教育における実証実験 | 本研究で策定するガイドラインに基づき、UMAPの大学間ネットワークを基盤にMCを試験導入し、効果検証を行う。最新のOECD調査でも、大学間連携によるMCの運用の有効性が確認されている(上記Ⅲ-2)。対象となる教育プログラムは複数の学問分野、学際的な分野から選択するとともに、正規の履修科目として認定されていないものや、科目の一部分(モジュール)として提供されるものを含める。具体的には、UMAPおよび協力大学が実施しているプログラム(UMAP-COILプログラム、UMAPを基盤とするオンライン相互履修科目・モジュール科目、オンライン模擬国連等)を対象とし、実証実験を2サイクル行う(図2参照)。1期目は、運用ガイドラインの有効性を検証し、改訂作業を行う。2期目では、改訂版ガイドラインを同じ教育プログラム群に応用し、あらためて効果検証と比較を行う。実証実験と効果検証により、多様なプログラムにおいて当該ガイドラインが有効に活用されることを確認する。 |

図2. 研究課題・研究プロセス・役割分担
Ⅴ.本研究の目的を達成するための準備状況 <全体総括:芦沢>
研究代表者及び分担者は、本研究課題に関する綿密な調査計画をたて、7か国での国際比較研究に関して、以下の連携研究者の協力のもとで準備を進めてきた。UMAP主要参加国から5人の専門家の参画を得たことに加え、ユネスコ定義レポートの主筆であるOliver博士、OECDによる最新の調査、Education Policy Perspectives(EPP)をとりまとめた加藤高等教育政策分析官の協力を得られたことにより、盤石な研究体制を確立することができた。特に加藤分析官(OECD)は、欧州において、大学間連携により新たなMCの運用や相互認証が進んでいる状況を把握しており、本研究がおこなう大学間ネットワーク(UMAP)を活用した実証実験においても適切な助言が期待できる。
<海外における連携研究者>
| 氏名 | 実績 | 本研究における役割 |
|---|---|---|
| Beverley Oliver ディーキン大学名誉教授 |
ユネスコによるMC定義レポートの主筆。 | 定義・ガイドライン策定、豪州調査 |
| 加藤静香 OECD高等教育政策分析官 |
OECDのEPPレポートにおいてMCの調査の主要部分を担当。 | 定義・ガイドライン策定、日本国内調査の助言 |
| Laurene Chua-Garcia デラサール大学国際担当副学長 |
UMAP議長国(フィリピン)を代表し理事会での意見調整を担当。 | 実証実験への助言、フィリピン調査 |
| Pornapit Darasawang キングモンクット工科大学トンブリ校国際担当副学長 |
UMAPを基盤とするMCの試験運用の責任者。 | 実証実験への助言、タイ調査 |
| Abdul Latiff Ahmad マレーシア国民大学国際部長 |
UMAP協働教育において中心的な役割を担っている。 | 実証実験への助言、マレーシア調査 |
| Maria Anityasari インドネシアITS国際部長 |
UMAP協働教育において中心的な役割を担っている。 | 実証実験への助言、インドネシア調査 |
| Randall Martin BCCIE事務局長 カナダBC州国際教育協会理 |
カナダにUMAPを紹介し、UMAP国際事務局をカナダに招致。 | 実証実験への助言、カナダ調査 |